平成16年2月2日
司法記者クラブ各社 御中
 
  司法記者クラブ室内の完全禁煙化についてのお願い
 
私たちは受動喫煙被害の撲滅に向けて社会的に活動している市民です。
東京地裁も利用しておりますし、司法記者クラブをお尋ねしたことも、記者会見を行ったこともございます。
受動喫煙被害は安全量のない大変危険なものであることは、国連の専門機関であるWHO(世界保健機構)も 公式に表明しておりますし、また、本申入人の一人であります松崎が記しております別添の論文を見て頂ければ明らかかと思います。なお、松崎の見解はわが国における受動喫煙問題のスタンダードとして広く受け入れられ、厚生労働省でも公式に採用しているものです。
昨年5月より、健康増進法が施行され、受動喫煙防止が公共機関の責務とされました。これをうけて東京高裁・地裁でも、指定場所以外は禁煙という看板が入り口に設置されているのは既にご存知と思われます。
しかしながら、司法記者クラブにおかれましては、室内での喫煙が許容されております。司法記者クラブを尋ねますれば、受動喫煙被害を余儀なくされます。司法記者クラブで勤務しておられます方々の健康に対しても大きな懸念があります。
そもそも、マスコミは私企業とはいえ、社会の公器といえる役割を担っております。裁判所という公的機関に場所を確保できるのもそのためであります。
にもかかわらず、裁判官室ですら禁煙であるのに、司法記者クラブの中が喫煙できるのは理解しがたいことであり、健康増進法にもとるものであります。
私たちとしましてはこのようなおかしな状態を是正して頂くことをお願いしたいと考えます。
長野県庁では県警の記者クラブも表現道場も禁煙と聞いております。また、この禁煙は即時に実施されております。
東京高裁・地裁内の記者クラブにおかれましても同じことができないはずはありません。
以上の事情をふまえ私たちのお願いを聞いて頂けるよう重ねてお願い致します。
なお、空気清浄機やら換気扇やらでは、煙の流出は避けれず、受動喫煙被害はなくなりません。室内の完全禁煙が受動喫煙防止のための唯一の対策であるのは、あえて申すまでもないことと思われます。
なお、私たちはこの件についてのご回答を3月12日にお伺いに参る所存でございます。論理的にありうべきご回答が頂けることを期待致しております。
 
      申入人
河村 昌弘
                            宮崎邦彦
板子 文夫
                            松崎道幸








 
受動喫煙の健康影響:総論
松崎道幸
(医学博士)
2004年1月19日
 
◆ 受動喫煙とは非喫煙者がタバコの煙を吸わされることである。短時間の受動喫煙でも非喫煙者はとても大きな影響を受ける(表1)。
 
表1 喫煙室(4畳半・3人喫煙中)に入った非喫煙者が受ける影響





 
1秒後 くしゃみ、鼻づまり、鼻水、目の痛み・かゆみ、涙、頭痛
5秒後 脈がはやくなる
30秒後 皮膚が冷たくなる
1分後 血圧が5〜7mmHg上がる、大動脈が10%硬くなる
20分後  血がかたまりやすくなる、血管がただれ始める
30分後 心臓の血管(冠状動脈)が硬く細くなる
 
 
 
◆ タバコの煙は胎児・乳幼児・小児の命とすこやかな発達をむしばむ(表2)。こどもがほしいと思った時から、両親だけでなく家族友人全員が禁煙する必要がある。
 
表2 次世代の健康に対する受動喫煙の影響
病気・状態 親の喫煙による影響
自然流産 1.1〜2.2倍
乳幼児突然死 4.7倍
低体重出生 1.2〜1.6倍
むし歯 2倍
肺炎・気管支炎 1.5〜2.5倍
気管支喘息 1.5倍
セキ・タン・喘鳴 1.4倍
中耳炎 1.2〜1.6倍
呼吸機能低下 1秒率100cc低下
全身麻酔トラブル 1.8倍
知能低下・多動症 IQ5%低下
◆ 家族や職場の受動喫煙は、非喫煙者のセキ・タン・息切れを増やし、気管支喘息や慢性気管支炎を発病させる(表3)。家庭や職場が禁煙になれば、非喫煙者の呼吸器症状や気管支の病気は大幅に減る。
 
表3 家庭・職場の受動喫煙による呼吸器の症状と病気の増加度(成人)
セキ 2.6〜3.8倍
タン 1.4〜2.0倍
息切れ 1.4〜4.5倍
気管支喘息 1.4〜1.6倍
慢性気管支炎 1.7〜5.6倍
病院受診回数 1.3〜1.5倍
 
 
◆ 日本人の命を奪う三大疾患(ガン:特に肺ガン・心筋梗塞・脳卒中)もまた受動喫煙によって増える(表4)。受動喫煙者の数%が最終的に受動喫煙で死亡すると言われ(新版喫煙と健康.2001年)、毎年米国で数万人、日本で1万人が受動喫煙死している。10万人あたりの生涯死亡1人以下という環境基準の常識からすると、禁煙でない茶の間やオフィスは環境基準を数千倍上まわる大変な危険区域と言わざるを得ない。
 
表4 死因上位三疾患と受動喫煙




 
疾患
 
リスク増加度
 
受動喫煙者100人中の犠牲者(生涯)
肺ガン死 1.2倍 0.7人
心筋梗塞死 1.2〜1.3倍 1~3人
脳卒中発病 1.8倍 未検
 
 
◆ 「別室で吸う」「空気清浄機」などの「分煙」が受動喫煙を減らせないことが客観的指標を用いた研究でわかっている。また空調で室内のタバコ煙濃度を数千分の1に減らすことは不可能である。完全禁煙以外に受動喫煙から非喫煙者の健康を守る対策はない。
 
 
 
 
 
 
受動喫煙はごくわずかでも短時間でも大きな健康被害をもたらす
 
松崎道幸
(医学博士)
2004年1月19日
 
 「厚生労働省分煙効果判定基準策定検討会報告書」(平成14年5月)によれば、非喫煙者がタバコの煙のまじった空気にさらされると即座に次の症状が起きる:「体の粘膜が、たばこ煙、特に副流煙に暴露することによって生ずる刺激症状として、咳、喘鳴、鼻症状(くしゃみ、鼻閉、鼻汁、かゆみなど)、眼症状(痛み、流涙、かゆみ、瞬目など)、頭痛などが挙げられる。また、鼻咽頭反射を介する呼吸抑制も認められる。これらの粘膜刺激による反応は、主流煙よりも副流煙の影響がより強く、特に副流煙のニコチン濃度により影響の強さが左右される。また、これらの症状はたばこ煙への暴露時間が長くなるほど強くなり、常習喫煙者よりも非喫煙者の方がより強い反応を示すことも明らかにされており、他人のたばこからの煙への迷惑感、不快感の原因となりうる。」
しかしながら受動喫煙の影響はそればかりではない。20年前から最近に至るまで、容易に入手可能な多くの学術論文によって、わずか数秒あるいは数分の受動喫煙により、非喫煙者は想像を超える健康被害をこうむることが解明されてきた。現在様々な施設における喫煙規制の要望が強まっているが、本意見書では、非喫煙者の健康を守るために、完全禁煙が必要である事を、確実な医学的証拠によって論証する。
 
【1】健常非喫煙学生7名に、タバコの先から立ち上る副流煙を2秒間吸わせると、1秒以内に皮膚末梢血管が著明に収縮し、眉をしかめる筋肉の運動が始まり、呼吸が遅くなり、5秒後に頻脈が始まった(「新版喫煙と健康」183頁 図2・6・1−6)末梢血管が細くなるのだから、脳や心臓など重要臓器の血管にも同じ変化が起きている可能性がある。「5秒後に頻脈が始まった」というのだから、心臓には明らかな悪影響が起きていると言える。
 
【2】サーモグラフィーによって手の皮膚温をモニターすると、非喫煙者が2秒間副流煙を吸い込んだ30秒後にすでに皮膚温が下がっていた。わずか2秒間の受動喫煙で手の表面温度が下がり始めているが、閉塞性動脈硬化症の患者さんならば、痛みや壊疽の危険が増す可能性がある。これを示した写真は下記のアドレスで閲覧可能。
 http://www.tabacotosayonara.com/picture/hand.htm
 
 
【3】アテネ大学のステファニダス博士のグループは、タバコを吸わない男性狭心症患者に、30ppmの一酸化炭素濃度の室内タバコ煙を5分間吸わせて、心臓や大動脈にどのような影響があるかを調べた[1]。ちなみに4畳半の部屋で3人の喫煙者が1時間に合計12本タバコを吸うと室内の一酸化炭素濃度がおよそ30ppmとなる[2]。これは一見高度の受動喫煙と思われるかもしれないが、実は複数の喫煙者が狭い喫煙室や会議室に居る時あるいは混み合った飲食店で日常的に生じている。この実験の結果、受動喫煙開始1分後に血圧が5〜7mmHg上がり、5分後には10mmHg上がった。また大動脈の硬さは、受動喫煙1分で10%増し、5分には20%増した。何ら落ち度のない非喫煙者にもたらされたこの血圧の上昇と大動脈弾力性の低下は、まさしく身体的傷害である。受動喫煙による血圧上昇や動脈の硬化が長年積み重なることにより、心筋梗塞死などの重大な動脈硬化性疾患の危険度が増すことは医学常識である。
[1]Stefanadis他:Unfavorable Effects of Passive Smoking on Aortic Function in Men.Ann Intern Med 1998 128: 426-434. この論文は下記のアドレスから入手可能。
http://www.annals.org/cgi/content/full/128/6/426
 
[2]「新版喫煙と健康」182頁.図2・6・1−5より下表を作成した。
 
4畳半(16m)室内のCO濃度(換気回数1回/時)
15分に1本吸う喫煙者
2人在室の場合  3人在室の場合
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喫煙開始  CO濃度(ppm)
5分後  3       5
10   5       8
15   7      11
20   8      12
25   9      14
30  10      17
60  15      24
---------------------------------------------------------------------------
 
 
【4】カンサスシティ退役軍人医療センターのデービス博士のグループは、同医療センターの喫煙コーナーに非喫煙者を20分間滞在させて、受動喫煙者の血液にどのような影響が現れるかを調べた[3]。この喫煙コーナーは、両側が大きく開いた11.1m×4.8m(約40畳)の細長い「喫煙廊下」と表現できる形であり、天井までの高さは2.4mだった。そこで数人の喫煙者が喫煙している時に、なるべく喫煙者に近い席に非喫煙者を20分間座らせて、受動喫煙させた。この受動喫煙によって非喫煙者の一酸化炭素ヘモグロビン(CO−Hb)濃度は平均0.9%から1.3%に、0.4%増加したという。淺野牧茂著[たばこの害を正しく知る](労働旬報社.1988年)115頁には、「著者の研究室で実験的に行った受動的喫煙の成績では、CO濃度としてセコハンたばこ煙濃度が平均12ppmほどの室内に1時間滞在した非喫煙者(6名)の血液中CO−Hbレベル上昇分は、0.03%から0.69%」とあるから、デービス博士の実験における受動喫煙の度合いは一酸化炭素濃度にして12ppm程度と思われる。ちなみに12ppmの一酸化炭素濃度とは、4畳半の部屋で3人の喫煙者が15分ごとに1本ずつ吸い始めて、20分後に到達する値である([2]参照)。この程度の受動喫煙曝露は、喫煙の行われている室内では非常にしばしば見られる。
 日常よく出会う程度の受動喫煙で、非喫煙者に何が起きたか?デービス博士が測定した項目は、「血小板凝集能」と「血管内皮細胞残骸数」である。「血小板凝集能」とは、血液の固まりやすさのことであり、この値が大きいと、血液が「どろどろ」となっており、動脈硬化が進む危険がおおきいことになる。「血管内皮細胞残骸数」とは、血管の壁が傷んで、はげ落ちた細胞の数のことである。これが多いほど、血管が傷んでいる、すなわち、血管が塞がったり破れたりしやすいことを示し、前者と同様、動脈硬化の目印のひとつである。この実験において、非喫煙者は、20分間喫煙者のそばに座っているだけで「血小板凝集能」と「血管内皮細胞残骸数」が明らかに増加していることがわかった。その変化の大きさは、自らタバコを吸う者における変化に近いこともわかった。わずか20分間の受動喫煙によって、非喫煙者の血液は「どろどろ」となり、血管が傷むことがあきらかになった。この部分の説明は、「新版喫煙と健康」190〜191頁参照。
[3]Davis JW, Shelton L, Watanabe IS, Arnold J. :Passive smoking affects endothelium and platelets.  Arch Intern Med. 1989 Feb;149(2):386-9.
 
 
【5】大阪市立大学の大塚博士らのグループは、超音波検査により心臓の冠状動脈の柔らかさ(冠血流予備能)を調べる手法を用いて、30分間の受動喫煙が、冠状動脈にどのような影響を与えるかを検討した[4]。実験方法は以下の通りである。大阪市立大学病院の喫煙室(4.5×3×2.5m:約8畳半)に健康な非喫煙者を30分滞在させた。実験中の喫煙室内の平均一酸化炭素濃度は6ppmだった。これは、4畳半の部屋で2人の喫煙者が1本ずつ喫煙し、10〜15分後に到達する濃度である[2]から、日常の喫煙室や喫煙可能なオフィスで頻繁に生じている状態である。
下図は、大塚氏の論文の図2に基づいて作成した。30分の受動喫煙により非喫煙者の冠血流予備能は、常習喫煙者と同じレベルまで低下していた。冠血流予備能が下がるほど、心臓の筋肉に血液を供給する大事な冠状動脈が硬くなって、必要なときに十分な血液が流れにくくなるとともに、それが冠状動脈硬化を悪化させる原因ともなる。したがって、日常よく見られる度合いの受動喫煙が、わずか30分間でも、非喫煙者の心臓の健康に大きな悪影響をもたらすことがわかった。
[4]Otsuka R, Watanabe H, Hirata K, Tokai K, Muro T, Yoshiyama M, Takeuchi K,Yoshikawa J. Acute effects of passive smoking on the coronary circulation in healthy young adults. JAMA. 2001 Jul 25;286(4):436-41.
 
 
【6】紙巻きタバコ副流煙のホルムアルデヒド濃度は40〜140mg/m(Auerbachら、1971年)である。30/mの室内で1分間に2本の喫煙が行われると、室内気のホルムアルデヒドは0.1mg/mと、環境基準上限ぎりぎりの濃度となる。周知のようにホルムアルデヒドは、シックハウス症候群・シックスクール症候群の主要な原因物質である。生のタバコ煙に環境基準の400〜1400倍のホルムアルデヒドが含まれているのだから、喫煙区域から漏れ出したタバコ煙が環境基準を大きく上回る濃度のホルムアルデヒドを含んでいる危険は大きい。もし、化学物質に過敏な体質を持つ非喫煙者がそのようなタバコ煙にたとえ短時間でもさらされたなら、シックハウス症候群を発病する危険がある。
 
【7】厚生労働省は「健康増進法第25条の制定の趣旨」を以下のように述べている−『健康増進法第25条において、「学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない」こととされた。また、本条において受動喫煙とは「室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされること」と定義された。受動喫煙による健康への悪影響については、流涙、鼻閉、頭痛等の諸症状や呼吸抑制、心拍増加、血管収縮等生理学的反応等に関する知見が示されるとともに、慢性影響として、肺がんや循環器疾患等のリスクの上昇を示す疫学的研究があり、IARC(国際がん研究機関)は、証拠の強さによる発がん性分類において、たばこを、グループ1(グループ1〜4のうち、グループ1は最も強い分類。)と分類している。さらに、受動喫煙により非喫煙妊婦であっても低出生体重児の出産の発生率が上昇するという研究報告がある。本条は、受動喫煙による健康への悪影響を排除するために、多数の者が利用する施設を管理する者に対し、受動喫煙を防止する措置をとる努力義務を課すこととし、これにより、国民の健康増進の観点からの受動喫煙防止の取組を積極的に推進することとしたものである。』 非喫煙者が、被告らの管理下にある喫煙区域から拡散したタバコ煙に曝露されることにより、生じた、あるいは生ずる可能性のある健康被害は深甚なものがある。健康増進法の精神からしても、受動喫煙が「短時間で」「ごくわずか」だから問題ないと断ずることは不当であるばかりか、医学的にみても大きく誤っている。非喫煙者が短時間でも滞在する施設・区域における完全禁煙は一刻も早く実行されなければならない。
 
以上
 
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